2012年09月30日

処女の持つ冷たさ

水の妖精としての美女崇拝では、処女の冷たい面が水によって象徴されている。

― 水妖メルジーネ、ウンディーネ p17

 母というものは温かく、多くのことを許してくれるものです。それは原則的には我が子に対してですが、他の子どもや自分と似た境遇の相手、その心情が理解できる他人にも及びます。

 個人差は少なからずあるにしても、既婚であっても未産婦は物事の許容度がやや低く、未婚者は更にその傾向が強く見受けられます。そして、異性に対して最も厳しく狭量なのが処女でしょう。

 男は遍く母性を求めるものですが、その反動として処女に憧れるケースも確かにあります。これは、愛しい相手に冷たくあしらわれることに快感を覚える、ある種のマゾヒズムといえるでしょうか。

 一度も男のものになったことがないという清らかさにとどまらず、取り付く島もないほどの潔癖さと気位の高さ。それもまた処女崇拝を構成する要素の、重要な一つではないでしょうか。

 そして、水は氷とは違って自在に形を変える従順さも内に秘めています。処女を神話の水妖に重ねる心理には、そんな願望もあるのかもしれません。

posted by 竜胆 at 10:30| 神話における処女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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